Vol.7 森光牧場 森光 力さん

牛が草を食べながら「モォ〜、モォ〜」とのどかな姿で鳴いている。それが牧場に対してのイメージだった。この取材に行くまでは――。

森光牧場の牛舎に足を踏み入れた時、実は内心、とても心配していた。大きなカメラレンズを向けると牛たちが怖がり、余計なストレスを与えてしまうのではないかと。

しかし、それは杞憂で終わった。そればかりか、見知らぬ2人(取材チーム)が入って来ても一頭たりとも騒がず「あなた、誰?」と言わんばかりにガン見され、牛たちから一斉に注目されてしまうまさかの展開に思わず動揺。「えっ…!??」、わたしたちは立ち尽くしてしまった。

牧場の持ち主である森光さんにこの状況を確かめるように「あ、あの…。みんな、鳴かないんですね?」と質問をすると「牛は不満を言う時にしか鳴かないんですよ」と意外な事実を教えていただき、目が点の状態に。

おそらく多くの人が頭の中で描いているであろう、牧場と牛と牛の鳴き声がセットになった牧歌的なシーンは、子どもの頃に見た絵本などによる刷り込みなのだろうか。とはいえ、牛は本来、臆病な性格で、森光さんの牧場ではボディタッチをいっぱいして愛情をたくさん注いでいるからこそ、人懐っこい性格に育つという。愛情が足りない牛は、例え北海道のような広大で環境の良い場で育てたとしても野生化するそうだ。人間も牛も一緒。愛情は、人と牛の心をまあるくする。

↑→「こんなに大きいんですか?」と体高の大きさにびっくりしていたら「大きすぎると飼育が大変になるんですけど、大きい牛ってやっぱりカッコイイから!」と森光さん。他の牛は相部屋なのに対し、ミッシー(写真の牛)は森光さんにとって“姫”な存在だけあって、一人部屋を使用している

森光さんの牧場の中で「姫」と呼ばれているミッシーに「こんにちは」と声をかけ、顔をなでさせてもらった。すると、大きな鼻息を受けて顔周辺に突風が起き、このかわいらしい状況に声を立てて笑ってしまった。

↑「こんなに大きいんですか?」と体高の大きさにびっくりしていたら「大きすぎると飼育が大変になるんですけど、大きい牛ってやっぱりカッコイイから!」と森光さん。他の牛は相部屋なのに対し、ミッシー(写真の牛)は森光さんにとって“姫”な存在だけあって、一人部屋を使用している

戦後、祖父が牧場を始めて、森光さんで3代目となる。父親の代になると牧場の規模を広げ、牛乳の出荷数を増やし、牛も販売するようになったが、森光さんの代になると規模を縮小。そばには奥さんと、牧場の仕事が楽しいと言ってくれる気心が知れたパートさんがいる。外には、美牛コンテストを通して知り合った仲間たちがいる。ミニマムでいいから、同じ価値観を持つ人たちと同じ方向を向いて仕事がしたい。仕事をもっともっと楽しいものにしたい。「僕は父親とは違う楽しみを仕事に見出したんです」。

ただ、手狭になると、育てている牛の数に対してスペースの問題が出てくる。そこで、北海道にある育成牧場に生後半年になる娘たちを16ヵ月間預けるようになった。彼女たちは生まれて24ヵ月目に1頭目の赤ちゃんを産むので、分娩2ヵ月前になると実家である森光さんのもとへ帰ってくる。

↑ごくごく飲んでいるのは、生まれて2週間ぐらいの子牛。グリーンのウエアがかわいくてとても似合っている。子牛の体調管理は難しく冬は特に風邪をひきやすいため、ウエアを着せたり、腹巻やレッグウォーマーをして温度調整をしている

「16ヵ月もの間、他人に預けるので、できるだけ人懐っこい性格になるよう、手元にいる6ヵ月間は思いっきりかわいがっています」。

牛は暖かい地域よりも寒い地域で暮らす方がエサをたくさん食べる。牛乳をたくさん出し、元気な子どもを産むカラダづくりのためにも、北海道での暮らしは発育的に適しているというわけだ。

森光さんは、今、3種類90頭の牛に囲まれて生活をしている(90頭とは別に、22頭が現在北海道に在住)。その3種類の内訳は「ブラウンスイス」「ジャージー」「ホルスタイン」だが、種類が違えば基本的な性格も違うようで…。

「性格が良いのは、温厚なブラウンスイス。フレッシュやセミハードなどチーズ向きの牛乳を出す牛なんです。ジャージーは一番おいしい牛乳を出してくれるんだけど、性格は悪め。負けるとわかっているのに自分よりカラダの大きな牛に体当たりでぶつかって行ったりして、まるで中学生のヤンキーみたいな子たち。搾乳(乳しぼり)の時もじっとせずに足踏みするし。でも、最後まで悪い子にはなりきれないんですよね」。

まさに愛情を持って接している親、もしくは学校の先生のような目だ。聞いていて、面白い!「日本にいる牛の98%がホルスタインで、育て方によるけど基本は臆病者。乳量がたくさん出るので、経営を手助けしてくれる孝行娘なんです」。

この話を聞くだけでも、森光さんの溺愛っぷりが伝わってくる。そんな森光さんが、夢中になっていること。それは、前述した美牛コンテストだ。ちょうどこの日、牛専用カメラマンが撮影した額縁に入った宣材写真が届き、見せてもらった。

堂々とした風格で写っていたのは、先ほどあいさつをしたミッシーだった、胸やお腹周りの薄い皮膚、半円を描くように丸みを帯びたお腹、とがった骨、美しい毛並み。美しくて、カッコイイ。

「牛1つをとっても、世の中には様々な牛のプロがいるんだよ」と父親に聞いた森光さんは、高校卒業後、福岡を飛び出し、静岡の牧場で2年間住み込みをして働いた。その時の親方との出会いが、後の森光さんをつくっていく。

「僕は親父の跡を継いでいるのと同時に、静岡の親方の暖簾もしょってる。僕がバカにされるのは親方がバカにされるのと同じ。親方がバカにされるわけにはいかない」。

修行先の牧場では、牛乳の販売の他にソフトクリームの販売と牛の改良を手がけており、牛の改良に関しては全国でもトップクラスの技術を持つ牧場だという。2年後、福岡に戻った森光さんは、それまで実家では行なってなかった牛の改良に着手。質の良い受精卵を手に入れ、牛を育てるようになり、約10年前からコンテストに出場するようになった。

「コンテストの度に600キロほどある大きな牛をリングに上げるのもひと苦労だし、自分好みのお腹の張り具合にするために審査時間に合わせて草を食べさせたり、ドライヤーで毛並みを整えたりと、なにかと大変。でも、自分の名前が付いた牛がいると、より愛着が湧くんですよ」。

すると少し離れた所から奥さんが「夫がこの話をし始めると長くなるから、大変ですよ」と、いつもこの話を聞かされているのかやれやれとした表情で笑うが、夢中になれる仕事があるってとてもステキなことだ。森光さんのワクワクした感情がまっすぐに伝わってくる。

「大切に育ててきた美人な牛たちと一緒に仕事ができるのはうれしいし、コンテストに出場したおかげで共通の知り合いがたくさん増えたんです」と森光さんはうれしそうに話す。知り合いになった仲間たちと会ったり電話で話をしていると、やりたいことがどんどん膨らんできて、毎月や毎日の目標ができる!

コンテストは年に3回。久留米の大会、福岡県の大会、九州の大会があり、それとは別に4〜5年に一度、大きな大会がある。「優勝しても、もらえるのは名誉だけ」と話す森光さんは、さらにこう続けた。「出る杭は打たれるというけど、それも含めて娘たちに関わるすべてを楽しんでいます。ちょうど2年前からサラブレッドが花を開くようになって、九州ではほぼ負け知らずなんですよ」と。コンテストが森光さんを奮い立たせる原動力の1つになっているのは、間違いない。

「今後の展望は、関東の大会に出場すること」。

培ってきた実力が、今どのあたりなのか。「今いる場所」を知るためにも、コンテストに出てみないとわからない。これは酪農家に限らず、他の職業にも言えることだ。

かつて「牛1つとっても、様々なプロがいる」と父親から教わった森光さん。今、森光さんの周りにはエサ専門のコンサルタントや繁殖専門のコンサルタント、獣医がいて、森光牧場はみんなの力で支えられている。コンテストに出る時は、静岡にいる親方の牧場からお手伝いに来てくれる仲間もいる。

努力もさることながら、人は出会いによって磨かれていく。

森光さんが手塩にかけて育てている牛たちのミルクは、どんな味がするのだろう?
一般的に牧場の牛乳は酪農組合に出荷し、わたしたちがスーパーで手に取る牛乳はどの牧場の牛乳なのかわからないようになっている。

ということは、森光さんがつくる牛乳を味わうことができない!?

実は、森光さんの牛乳でつくったアイスを食べることができるお店が2つある。1つは「道の駅 くるめ」。このお店では、森光さんの牛乳を使った『ジャージー牛乳ソフト』を販売している。昨年、西日本の道の駅(131駅131種)を対象にした「道の駅ひんやりスイーツ総選挙2020」が行なわれたが、森光さんのこのソフトクリームが総合1位を獲得という快挙を成し遂げた! もう1つは、「KURUMÉ・ジェラート」というお店だ。

後日、そのジェラートを食べてみたくて、西鉄久留米駅から歩いてお店へと向かった。注文したのは『しぼりたてミルク』と『ピスタチオ』。共に森光さんの牛乳が使われている。ミルクもピスタチオもサラッとしていて舌に残らず、牛乳が口の中でふんわりやさしく香った。

KURUMÉ・ジェラートがオープンしたのは11年前。地元・久留米の牛乳でジェラートをつくりたいと思った店主の原田さんは、森光さんがジャージー牛を育てていると知り、直接交渉。

「当時、久留米には手づくりジェラートのお店がまだなかったんです。こだわって育てている地元の牛乳を使ってジェラートをつくらせていただこう! そう考えただけでワクワクしたことを今でも覚えています」と原田さん。

おいしい牛乳は、衛生的な牛舎から生まれる。森光さんは「くさい牛舎だとおいしい牛乳はできないんですよ」と言った。一見、シンプルな言葉だが「衛生的」をずっと保つのは耳で聞くほど容易ではない。

相手は24時間、好きな時に自由に排泄する生き物だ。数が多ければ多いほど、清潔な環境を365日キープするのは並々ならぬ努力があるはずだ。「若い頃は尖っていたから、なにかとこだわっていたけど、毎日牛の世話をしないといけないからこだわることができないんですよ」と森光さんは言う。その短い言葉は、継続がいかに難しいかを物語っていた。

森光牧場

福岡県久留米市北野町

森光牧場の牛乳を使ったアイスを食べることができるお店
●「道の駅 くるめ」
https://www.michinoeki-kurume.com

●「KURUMÉ・ジェラート」
https://www.instagram.com/kurume_gelato

「森光牧場」